
出発地点はMAPの逆で「工兵橋」にしました。AM10:00出発
工兵橋は1889(明治22)年、陸軍工兵隊が架けた全長75の市内で唯一残るつり橋です。 今の安田学園の敷地内にあった兵舎と、対岸の演習場とを行き来する軍用橋でした。 原爆投下の被害が少なく当時逃げ延びることが出来た橋として歴史を伝える橋です。
まずは工兵橋の上を歩いてみました。
・・・と!偶然にも先日取材させていただいた「雁木タクシーさん」
が通りかかられたのでご挨拶。

乗船されていた事務局の方にこの写真をメールでお送りすると、
船から撮られた私の画像を返してくださいました。

けして「ヤラセ」ではありません(笑)。「縁」とは不思議なものですね。

一旦工兵橋から離れ「新工兵橋」へ・・・
ここは太田川本川(ほんかわ)と今日私が歩いた京橋川の分派地点
にあたります。 そしてここには「サギのコロニー」として有名な中洲があります。 ズームインしてみましょう。

木の上に沢山サギがとまっているのが見えますか?

さて、京橋川に戻って、右岸(川下に向かって右手)の土手を歩きます。
あと半月もすれば桜満開の時期でしょうか?

今、蕾はこのくらいです。これはこれでなかなかです。

「牛田大橋」を渡ると「八剣神社」があります。
左に案内板がありましたので引用します。
「八剣神社は二代目広島城主、福島正則公のこの地に残る唯一の治世の史跡である。 当時広島は洪水に悩まされ、ここの堤防が切れて水勢強く容易に防ぎ込めることができなかった。 遂に人柱を入れて堰き止めようというとき、福島正則公が「それは不憫な、自分に名案がある」と言って秘蔵の名剣八本を箱に納め、地中深く埋めて堰き止めたのである。 その八本の剣の霊を祀って建てられたのが元和三年(西暦1617)のことである。 以来、水の守護神として、北風に逆い川に向かって、敢えてここに建つ。 平成元年三月吉日 八剣会」

さて、引き続いて京橋川右岸の土手を下ります。
桜並木の間の小道を行くと・・・

突然石積みがあったりいたしまして風情があります。

所々にこの看板があります。「しじみ、えむしは捕ってはいけません!!」
ここは内水面漁業権が設定されている区間です。
漁業権を持たない方は捕ってはいけませんのでご注意ください。
(太田川放水路は漁業権設定がありませんので一般の方でも捕れます)

さらに下ると「白潮公園」が広がります。
桜が満開になるとにぎわう場所です。
公園には下のような原爆死没者慰霊碑がありました。


JRの鉄橋前はちょっとした日本庭園風になっています。
このJRの鉄橋のガード下をくぐると、「ときわ公園」があり、
そこにも慰霊碑が



さて、「ときわ公園」で引き返しますと、かわいらしい出会いが
シジュウカラさんがとまっています。
どこにいるかわかりますか?

帰り道、牛田大橋を渡った時に上流の望んだ写真
桜が満開になると左の土手が綺麗に染まるはずです。

先ほど歩いた道を対岸から見ると、「雁木」がみえました。
パンフレットでは40分のコースとなっていましたが、ゆっくりゆっくり観察しながら歩くと1時間半は楽しめました。
是非、歩いてみてください。
そして、お花見の皆さんは「ゴミ」を持ち帰りましょうね!